弁護士ノート
原子力賠償紛争審査会に提言
3月に7つの原発集団訴訟の損害論が確定したことを受け、立命館大学の吉村良一名誉教授らとともに、原子力賠償紛争審査会に提言を行いました。私もメンバーの一人として、「滞在者」被害や、いわゆる旧緊急時避難準備区域等の「中間地域」の被害を担当しました。
提出したものは36頁にわたる大部な提言書ですが、その要約をいかに記載します。
第1 中間指針の見直しは必須であること
最高裁は本年3月に、東電の上告受理申立を退け、7つの高裁判決を確定させた。これら7つの判決は、いずれも、原子力損害賠償紛争審査会(原賠審)が定めた中間指針(追補を含む。以下同じ)の水準を上回る損害賠償を認めている。
そもそも、中間指針は、事故後の早い時期に、「原子力損害に該当する蓋然性の高いものから、順次指針として提示することとし、可能な限り早期の被害救済を図ることとした」を目的とした基準である。その後、時間の経過とともに、新たな被害も明らかになり、また、避難の長期化や周辺地域の生活環境の回復の遅れなど、中間指針策定当時には予想できなかった状況が続いている。最高裁が確定させた各高裁判決が、中間指針を超える賠償を認めたのは、このような状況とその深刻さ、損害の継続性等を、各高裁がその一部を認めた結果と言える。そのような高裁の判断を最高裁が認めたことを踏まえ、中間指針を「見直す」ことは当然のことであろう。上記高裁判決が、いずれも、中間指針を超える損害額を認め、それが最高裁で確定したということは、少なくとも、中間指針策定時において把握された損害を超える被害が原発被災地に生じていることを最高裁が認めたと言える。居住していた住民は、いずれも平穏な生活を侵害され、日常生活を阻害され続けていたのである。「判決は当該事件の当事者に係るものであり、中間指針とは関係が無い。」などとは到底言えるはずも無い。
第2 中間指針見直しの手法
しかし、まず、中間指針の改訂にあたり、上記確定判決の分析だけで、原発事故がもたらした①被害の広範さや深刻さ、②被害地域の広がり、③被害の長期化、④被害の多様性等を十分に捕捉できるとは思えない。中間指針の見直しにあたり、各専門委員による上記確定判決の調査・分析に留まることがあってはならない。最高裁のメッセージを行政側として真摯に捉えるならば、この機会に、原賠審の体制を強化し、調査・専門委員の充実し、専門研究者からのヒアリング等も行うなどが必要である。また、原賠審としては、被害者の声を聞く機会をほとんど設けることなく、指針を策定してきたが、原発事故後11年以上の月日が経過した中で、現在、各被害者がどのような状態に置かれているのかについて、被害者の声を聞き、その生活の状況を調査・把握する機会を設けるべきである。さらに、確定した各高裁判決の分析加え、その他の下級審裁判例を含む裁判の到達点や、ADR(原子力損害賠償紛争解決センター)や自主交渉での和解の到達点をも分析の対象とすることが必須である。
第3 見直すべき観点
見直しにあたり、重要かつ喫緊の課題の一つは、緊急時避難準備区域とされた地域の賠償である。同地域では、2011年9月に区域指定が解除され、避難継続慰謝料を2012年8月までの18ヶ月で打ち切られているが、これは明らかに短すぎたと言える。この地域の変容を調査し、本来あるべきであった避難終期をあらためて策定するとともに、遡及的に賠償を追加するよう中間指針を見直す必要がある。この点を含め、特定避難勧奨地点、旧屋内退避区域等の、いわゆる「中間地域」とされている地域の指針についても、被害の実態やその後の推移を改めて調査・検討した上で、指針を大きく見直す必要がある。
また、政府指示が出された以外の地域からの避難者(「区域外避難者」)、あるいは、そのような地域に(一時的な避難はあったものの)滞在し、放射線被ばくへの不安や回復しない地域の生活基盤の下で暮らしている「滞在者」の問題も重要である。これらについて原賠審は、第一次追補において、自主的避難等対象区域を定め、8万円(妊婦と子どもは40万円)の賠償指針を定めたが、それを超える賠償指針は出していない。また、自主的避難等対象区域とされた地域も限定的である。しかし、上記各判決では、この基準をこえる慰謝料額が認容されている。このような状況を踏まえ、この地域の被害を十分に調査・検討し、被害者への賠償指針を策定する必要がある。
さらに、指針策定時には十分に踏まえられなかった「ふるさと喪失(剝奪)損害」などの新たな損害が認定されている。避難指示が解除となっても、もとの生活に戻れることはない。避難の長期化や避難元の生活環境の回復の遅れなどを踏まえた指針の「見直し」も必要である。
(渡辺淑彦)